ビルケナウ収容所（第２アウシュビッツ）の奥まった所に有る、薄暗い建物の階段を 降り、半地下になった焼却炉の焚き口の写真を撮っていた僕は、心の中で叫んでいた。 「何でこんな写真を撮らなければならないんだ！何で俺はこんな所に来ているんだ！ 馬鹿じゃないか！」、目の前にあるのは実際に人が焼かれた焼却炉なのだ。「いったい ぜんたい、何万人の人間がここで殺されたというのだ！」 １９９４年の夏に続き、二度目にここを訪れた今年の９月、ポーランドの秋は深まり、 ２日間とも身にしみいるような雨が降っていた。アウシュビッツ、ビルケナウと展示を 一つ一つ見ているうちに気は滅入り、ぬかるみを歩く靴は雨に濡れ、靴下はずり落ちて 来た。まるで、誰かに引っ張られているような気がした。 支配するものと支配されるものの関係、権力を持ったものと持たざるものの関係、権 力に反抗するものと権力に媚びるものとの関係。形は変わってもいつの世にも存在する 不条理な関係。それを見過ごしたときの悲惨さを、端的に見せつけられるのがアウシュ ビッツなのだ。 現代におけるいじめの問題、記憶に新しいオウム真理教、その影に見え隠れするもの と、僕がアウシュビッツで見てきたものとは何が違っているのだろう？ 焼却炉のある建物から少し離れた美しい森の中には、焼かれた人の灰を捨てたと言わ れる池が、ひっそりと静まり返っていた。バスの時間が来たので「もう帰ろう！」と思 い、池のほとりから道に戻った。黙って帰る気にはなれなかった。せんかたなく誰も居 ない森に向かい「すみません」、と一言つぶやいた時、涙が出てきた。 「歴史は人に何を教えたのだろう？、人は歴史から何を学んだのだろう？」
